真紅の唇がまだ言葉になる前、海と空の境界で新成人の彼女が見つめた“選ばれる偶像”と“選び返す人間”のあいだに揺れる、名もなき自由の物語

海は静かだった。空と溶け合う水平線の前に立つ彼女――SAYAは、風に髪を揺らしながら、自分がどこに立っているのかを確かめるように深く息を吸った。
新成人。法律上は、すべてを選べる年齢。だが、選ばれてきた時間のほうが、彼女の人生ではあまりにも長かった。

真っ赤な唇は、意志の色だと誰かが言った。ダークグリーンの瞳は、作り物の神秘だと評された。撮影現場では、それらは「武器」として扱われ、数字や再生回数に変換されていく。彼女自身の声は、いつも少し遅れて届くか、あるいは最初から求められていなかった。

今日の撮影は、珍しく海辺だった。人工照明も、過剰な演出もない。ただ、自然光と、波の音だけがある。
カメラマンは言った。「今日は、少し自由にしていい」

その言葉は、許可のようでいて、試されているようでもあった。
SAYAは一歩、カメラから視線を外し、海を見た。自分が写らない時間。評価されない一瞬。そこに、かすかな安堵が生まれる。

彼女は思い出す。デビュー前、まだ名前もなく、ただ歌うのが好きだった頃。誰に見られなくても、声を出すだけで満たされていた日々。
いつからだろう。歌うことより、どう見られるかを先に考えるようになったのは。

波打ち際で、足元の砂が崩れる。均衡は、簡単に失われる。だが同時に、形を変える自由もそこにある。
彼女は振り返り、カメラをまっすぐ見つめた。その瞳には、いつもの“完成された神秘”ではなく、迷いと覚悟が同時に宿っていた。

シャッターが切られる。
その瞬間、彼女は気づく。選ばれる存在であることと、自分で選ぶことは、必ずしも矛盾しないのだと。

撮影が終わり、スタッフが撤収を始める中、SAYAは一人、海に残った。
唇の赤は、誰かのための記号ではない。瞳の色も、消費されるための幻想ではない。それらは、彼女が世界を見るための器官であり、世界に語りかけるための入口だ。

新成人という節目は、祝福よりも問いを投げかけてくる。
――私は、誰の物語を生きるのか。

鬼岩正和(作家、実用書著者、AIアートクリエイター、エッセイスト、そしてパノラマ写真家、WEBシステムエンジニア)

空は少しずつ色を変え、海もそれに応えるように深みを増す。
SAYAは歩き出す。まだ答えはない。それでも、自分の足で選び続けることだけは、もう決めていた。

偶像である前に、人間であること。
選ばれる存在である前に、選び返す存在であること。

その境界線に立つ彼女の背中を、夕暮れの光が静かに照らしていた。

バズってる

Posted by さ~ヤン